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2013年11月7日 午後10時37分

母の誕生日まであと1時間半というところで、
母は安らかに永眠いたしました。
家族としては78回目の誕生日を祝ってあげたい気持ちもあったのですが、
私が行くと言ったらいくんだ、
という意思の強い母らしくもありました。

ここ数年、母は病との闘いの日々でした。
若い時には2度の癌を経験し、
膀胱ガン、胃ガン、脳出血など
最近5年間で13回の手術、
入院は通算で158日に及びました。
自身の病気ですら想像を絶するのに、
それと並行して、
亡き父の認知症介護を7年間やっておりました。

母持ち前の強い意志で克服してきましたが、
昨年父に先立たれた後は、力を落としたように、
胃がんの診断が出た時にはすでに手遅れでした。
その後、防衛医科大学病院や杏林大学病院など
いくつかの病院で色々手を尽くしましたが
根治することは出来ませんでした。

家にいたいという本人の希望と
病院が長かったので最期くらいは家で、という家族の思いとで、
在宅での緩和ケアをすることとなりました。
幸いお世話になったふじもと在宅緩和ケアクリニックの
先生はじめ看護師さんがとても良くしてくださり、
姉家族やおじ・おばの協力もあって、
本人は痛みで大きく苦しむことなく、
自宅で看取ることが出来ました。
日々弱って行く母を暮らしの中で見るのは、
正直言いまして想像以上に辛かったのですが、
一緒に十分な時間をすごしたことで、
より家族の絆を確かめ合うことができました。
「ありがとう。口ではあまり言えないけれど感謝しているよ」
と言われた言葉は私の一生の宝になると思います。

遺影の写真を選ぶのに、母のアルバムを見ました。
そこにはまた別の母がいました。
お友達や親戚、父、家族と旅行や会食をしていたり、
スポーツジムで大人数を前に気功を教えていたり、
中国少林寺で演舞を披露してたり、
バックバンドを前にステージで唄っていたり。。
その笑顔はとても楽しそうで輝いていました。
母は病と戦っていただけでなく、
充実した人生を謳歌していたのだと思います。

生前病床で、
「最愛の人を看取れて、若くして亡くなった妹の倍は生きられて、
家族に守られて、楽しい人生だった。思い残すことはないよ」
と言っておりました。
それは本心であったと信じています。


(2013年11月11日 告別式挨拶より抜粋)

家での看取りについてはまた機会があれば書きたいと思います。





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by sizima8910 | 2013-11-12 12:14 | 日記的な


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